【20号】核融合の研究開発と電気工学科の人々/山本賢三

核融合という新らしい核エネルギー利用の可能性が高まってきて以来、昨今はしばしば新聞にその名が登場するようになった。日本でこの研究が始ったのは、米・ソを除けば西欧諸国と同じく20年前である。それは核分裂原子力開発のため原子力委員会、原子力局、 日本原子力研究所が発足したのと同時期になる。

ここで一寸自己紹介をさせて頂くと、私は大学卒業後3年間を富士通に勤め、昭和15年創立された名大(初代総長 故渋沢元治先生)に助教授として赴任した。電気工学科は野口孝重先生(大正7年卒)を中心に電気材料と電気化学に特色を発揮するという方針に従って高周波放電の化学作用を研究課題とした。赴くところ放電、高温プラズマの物理の研究に移行し、昭和31年(1956)高温ブラズマ方式による核融合研究が各国で始まるに当たって数少ないこの分野の研究者の一人として推進役の一端をつとめるようになった。

発端として日本の研究をorganizeするため法貴四郎氏(昭和12年卒、当時科学技術庁原子力局次長、現住友原子力専務取締役)の骨折りで原子力委員会の下に核融合専門部会が設けられ研究開発の基本方針が議せられた そこで二つの案が競われ、一つは実験物理の故菊池正士先生や電気工学の渡辺寧先生(大正10年卒、元静大学長)や小生らが支持する計画で、すぐれた実験施設を重点的に整備し我が国の在来めぐまれていない実験研究を強力に推進しようとするものであった。このいわゆるB計画はすぐには実現せず結局昭和44年から始まった原子力特定総合研究(第一段階)で結実した。この原案作製のための原子力長期計画の分科会主査は故詢形作次氏(昭和2年卒)であった。

上記B計画はアクティブな物理と電気の若手をメンバーとする核融合研究委員会(小生が委員長)で1年間の議論のうえでつくられたものである。有名な大河千弘氏も一員で、宿屋にかんづめになり寝食をともにした仲間である。物理と電気の人達が一緒に討論し作業して案をまとめるようなことは当時としては珍らしく、考え方、表現が違うので戸惑ったが後々のためにはよい修練であった。

日本の核融合研究の大半は放電や大電流技術を行使する実験から生れたのであり、またブラズマと電磁界との相互作用は将に電気磁気学の好適な応用問題でもあるので、電気工学研究者の参加が積極的で、その後の発展をみても各大学、研究機関ともその傾向が強い。これは外国が物理屋を主力とするのとは違っている。日本の物理学が非現実的であるための穴を電気工学分野の理論・実験が埋めているという一般的パターンの一例でもある。

関口忠教授(当時助教授)は在米中マイクロ波管の専門としての研究に加えてプラズマ物理の研究にも関係されていたので、帰国後核融合分野に敢然と入られた。ご父君の名大関口春次郎先生はある日突然小生の部屋にあらわれ、いささか心配げここの研究の見通しを尋ねられたことがあった。確かに1960年前後は初期の楽観論から転落して練獄にいたのである。磁界中のプラズマは実にさまざまなモードの巨視的(MHD的)不安定性と徴視的不安定性(高周波振動の発生。伝搬)をおこすため反応に所要の時間を壁から離して真空中に閉込めることが極めて困難なことが明らかにされたからである。数年後この脱却に成功したのは在米中の大河千弘氏の偉業である。その研究が吉川庄一氏らによりふえんされ、一方ソ連で長年月続けられたトカマク実験の蓄積とから最近magnetic fusion方式ではトカマクが遂に炉心となりうるであろうとの展望がひらけるに至ったのである。

トカマク方式とは変圧器によって一次側からパルス電力を入れ、二次側に大電流プラズマ環を発生させ、外部から磁界を加えて安定放電を保ちつつ電流の加熱作用と弱いピンチ作用で高温ブラズマを閉込める方式である。これが優れているのは閉込め時間がプラズマ断面の半径(α)の2乗とトロイダル磁界の強さ(β)に比例するという比例則が成立するからである。これにほぼ従うとすれば炉はできるのである。

さきにのべた第一段階で原研のトカマク計画が進行していた昭和46年、私は名大工学部から原研に移り、東海研究所のお世話をしながら核融合研究開発の推進につとめた。原研のトカマクは世界有数の規模で設計・製作されアイディアも優れていたので世界第一級の成果が得られた。それを踏まえて昭和50年以降の第2段階をナショナルプロジェクトとすることを原子力委員会(委員長代理井上五郎氏、大正12年卒)が決定した。この時点で幸に東海研究所長は天野昇氏(昭和20年卒)に引継いで頂いたので、私は核融合に専心できるようになった。

この第二段階計画の中心はトカマク方式による臨界プラズマ試験装置の建設であって、米・ソ連・ECの計画と規模、スケジュールとも匹敵している。これは5,000万~1億度のプラズマを0.2~1秒閉込め、入力=出力=10 MWの条件を現出させ、炉心となるプラズマの可能性を実証しようとするものである。この装置はプラズマ半径α~1m、 トーラス半径R~ 3m、これに巻きつけるトロイグルコイルの磁界Bは平均5万ガウス(5テスラ)、コイルなどに供給する電力約30万kW、総重量約3,000トン、ブラズマ加熱用高周波発振器約600MHz、200kW、中性ビーム粒子入射装置10~20MW (50~100kV)、ブラズマ電流33MAという巨大な電気機械的な実験装置である。山村昌教授には今後ともますますご相談に乗って頂くことになろう。

もしこの試験結果が予想からあまりはずれぬ場合は次のステップとして実験炉の建設に向かうことになるが、 linear dimensionで2倍位のスケールアップになる。この場合は銅コイルでは電力供給が困難になるので、巨大な超電導マグネット(~100 GJ級)の開発をそれに間に合わせねばならなくなろう。

なお別の核融合のアプローチとしてlaser fusion方式がある。これは現状より桁の大きい巨大なコントロールされた発振器と、燃料の小球の超精密製作に成功すれば有望な途であるが、現在のところトカマクほど見通しが明確ではない。

電気工学は戦前の強電、弱電、無線というような時代から幾変遷があった。そのときどきにオートメーション、マイクロ波、solid state electronics、電子計算機、情報科学というように不死鳥のように新分野を拓いてきた。そして、次にこのように未来のエネルギーの主役と考えられる核融合が登場してきた。その研究の段階はまさしく電気磁気学・電子工学の応用であり、製作は電気産業であり、最終の発電は電気事業に属する。皆様のご関心を頂きご叱正を賜りたい。いまこの開発研究は原子力委員会の下におかれた核融合会議でその推進が審議されている。座長は井上五郎委員長代理で、メンバーには岡村総吾教授、関口忠教授や小生も加わっている。

 (昭和12年卒 日本原子力研究所理事)

<20号 昭51(1976)>

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