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  • 目的と手段/近山隆

    大きな問題を解決するために、問題をいくつもの部分問題に分割し、それぞれを個別に解決していくのは、一般性の高い有力な手法です。政治についての言葉である「分割統治」 “divide and rule” は、被統治側が他者による「統治」を悪と見て「分割されないよう注意せよ」というニュアンスで用いることも多いですが、対象が人間でない場合はそういう気遣いはいりません。ですから、たとえばコンピュータのソフトウェアの作り方としては、もっとも基本的方法になっています。

    問題を分割すれば、分割後の個々の問題は元の問題よりも小さくなる。問題が小さくなれば複雑度も低くなり、解決しやすくなるのが普通です。問題をうまく分割すれば、ひとつひとつの部分は別々の人が担当し、互いの相談なしで別々に解くこともできます。組織に「分掌」というものがあるのは、これを狙ったものです。営業は営業だけ、経理は経理だけに専念すれば、それぞれの仕事はより単純になって習熟しやすくもなり、全体の運営が効率的になるだろう、というわけです。

    ただし、これは問題を上手に分割できた場合のことで、分割した後の問題が互いに「独立」であることが条件です。ここでいう「独立」は理工学者が好む言葉のひとつで、ここでは「ひとつの部分問題の解がどういうものであるかは、他の部分問題の解に影響を与えない」という意味です。

    残念なことに多くの問題では完全に独立な問題への分割は難しいでしょう。営業と経理の活動は決して独立ではなく、どういう営業活動をするかで経理は影響され、どういう経理システムかが営業に影響を与えずにはいられません。だから「あんなずさんな経費の使い方では会計処理できない」「あんな融通の利かないことをいわれると営業活動ができない」などという反目も起きるわけです。独立でない部分問題の解決には、部分問題をだけを考えているわけにいきません。

    「学問」も分割統治する部分のひとつです。究極の目的が(これ自体議論があるところでしょうが)「人類の幸福」にあるものとすれば、その部分問題のひとつの解決手段として「学問」があるわけです。その中を部分問題に分けた数多くのの学問領域があり、さらにそれを個別の専門領域に分けて、というのが普通のやり方です。学問の深化が続き、こうやって問題を分割しないと、とても私のような凡才には手に負えなくなっています。もちろんここでも独立性の仮定はあやしいわけで、自分の専門以外の領域への目配りは欠かせません。東京大学で数年前から小宮山前総長の旗振りで始めた「学術俯瞰講義」には、できるだけ広い目配りができる人材を育てよう、という考えがあるでしょう。

    「手段の目的化」という言葉を耳にしたことがおありでしょう。本来は目的を達するための一手段であったことを、手段であることを忘れて目的であるかのように扱うこと、とでも定義できるでしょうか。完全に独立な部分問題への分割ができるのなら、手段、つまり部分問題解決を目的とみなして行動することに何の問題もありません。独立ではないから、手段を目的視することが全体目的の達成の障害になり、「角を矯めて牛を殺す」とか「手術は成功したが、患者は…」といった結果になるのです。

    あることを研究するために必要な資金を獲得しようとするときには、その研究が究極の目的の達成にどのように役立つのか、素人(といってもたいがいは学者ですが、必ずしもその特定の領域の専門家ではない学者)にわかるように説明する研究提案をしなければなりません。研究成果の評価にあたっても同様のことがあります。でも「研究目的」の実現の手段として研究をする、というのは建前で、実際には「手段」としていることを研究する資金を得るために、その研究が役立つ目的は何かを考える、ということもあります。いわば「目的の手段化」です。

    私はこれを必ずしも悪いことと考えていません。学問の成果は往々にして汎用性が高いのです。ある目的を達成する手段の研究の成果が、他の目的にも有効な手段になることが少なくありません。成果が何に使えるかは研究の開始時点では明らかでないことも多く、研究者には成果の広い有用性を感じ取るセンスが必要です。このセンスを持つ研究者には、特定の目的の手段にしかならない研究はあまりおもしろく感じられないものです。

    こういうセンスと、誰にでもわかる「研究目的」を見つけて主張するセンスは別のものです。有限な資源を配分するのですから、どのように役立つのか評価することは欠かせません。このとき、研究提案に掲げた目的だけではなく、現時点では見えていない、提案者本人にもわかっていない目的に、どの程度役立つことになりそうかを見通すことも、配分を決める側には求められます。

    近山 隆:工学系研究電気系工学専攻・教授)

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