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  • インフォームド・セキュリティの本質/松浦幹太

    生産技術研究所のある駒場リサーチキャンパスでは、教養学部の学生を対象とした全学自由ゼミナールの一環として、大学1年生あるいは2年生が研究室で数ヶ月の間研究や演習を体験できるUROP(Undergraduate Research Opportunity Program)というプログラムを提供しています。昨年度冬学期に松浦研へ配属された学生は、教養学部の物理系の専門課程へ進学することが決まっている2年生でした。すなわち、少なくとも学部在学中は、電気系に縁の無いであろう学生です。進学に必要な単位が不足しているわけでもありません。にもかかわらずUROPを履修し松浦研を志望したという意欲に期待し、昨年5月の国際会議で理論を発表したばかりの新しい暗号方式を題材とした実装研究のテーマを設定しました。実際、期待に違わずUROP履修期間を通じて熱心な取り組みがなされ、その甲斐あってUROP最終発表会の時には、その暗号を実装した体験型のデモンストレーションシステムが完成していました。そして、進学先も自宅も地理的に生研に近いということや本人の希望もあり、課外の時間を使って準備を進め、今年度の生研公開(毎年5月末~6月初めに行われる生産技術研究所の一般公開)でパネルとデモを出展することになりました。

    暗号と情報セキュリティの分野において、「実感できるセキュリティ」を達成するのは簡単ではありません。専門家や開発者だけでなく、ユーザが納得して正しく使うことができるようなシステム化や社会制度設計に関して、これから研究すべき課題が山積しています。松浦研でも「インフォームド・セキュリティ」あるいは「ソーシャル・クリプト」という概念を掲げていくつかのプロジェクトを推進していますが、まだまだ先は長いというのは正直なところです。一般来訪者が暗号技術あるいはその安全性評価に関して何をどのように実感できるようなデモにすべきか。インフォームド・セキュリティの観点から検討を重ね、公開に向けて一段とパワーアップしたシステムへと改善を進めました。このような場合、直前まで精一杯の改善をしたくなるのが人情というものです。公開するデモの最終的な動作確認は、生研公開(木曜日~土曜日)の前日である水曜日の夕刻になりました。また、上記教養学部生本人は木曜日と金曜日の日中、講義のため、生研公開での説明を担当できません。そのため、動作確認後は、夜まで、他の松浦研メンバー達が適切にデモを動かして説明できるよう手順や内容を把握する努力が続きました。

    さて、公開当日。3日間悪天候が続いたにもかかわらず、様々な見学者が訪れて下さいました。情報セキュリティを研究する企業の人や、情報セキュリティに関心の深い公的機関の役員の方々はもちろん、近所の主婦から中高生まで、実に幅広い客層でした。とりわけ、松浦研はSNG(Scientist for the Next Generation: 未来の科学者のための駒場リサーチキャンパス公開)(http://sng.iis.u-tokyo.ac.jp/)の一環として生研公開期間中に実施している「中高生のための生研公開」の「お勧め見学コース」に選定されており、また、事前に登録された中学や高校の団体見学も担当しているため、次代を担う生徒さん達へ夢と希望を与えるよう努力しなければなりません。責任重大です。

    そのプレッシャーをものともせず、上記学生を含む松浦研の若きメンバー達は、実力以上のクオリティで説明をしていました。いや、この機会が実力を向上させてくれているようでした。もちろん、反省点も少なくありません。しかし、誠意を持ってアウトリーチに取り組めば心地よい汗を流すことができるということを学生達も実感できた、という意味で、有意義な生研公開となりました。実は、インフォームド・セキュリティの本質は、そのような人間的な部分にあるのかもしれません。

    (松浦 幹太:生産技術研究所・准教授)

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