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  • 文化功労者顕彰を受けて/菅野卓雄

    今般固体電子工学の研究・教育、学術振興への貢献により文化功労者として顕彰される光栄に浴しました。これもひとえに恩師の先生方、同窓生各位の御指導、ご鞭撻の賜物でございまして、ここに篤く御礼申しあげる次第です。また顕彰に際し早速多くの方々からご丁重なる祝意を戴きました。重ねて御礼申し上げます。

    固体電子工学(Solid State Electronics)という用語は最近ではナノエレクトロニクスなどに比較すると古典的な印象があるかもしれませんが、半世紀ほど前には新鮮な響きをもっておりました。私が学部学生の頃幸いにして今日でも名著とされているW.Shockley, “Electrons and holes in semiconductors: with applications to transistor electronics ” (1950) を入手することができたのが、私の将来に対し大きな影響を与えました。当時未だ学部学生でしたので、その真の価値は理解できませんでしたが、この分野に魅力を感じ、専攻したいと思い、大学院、その後の主として東大での研究・教育活動を通じ今日まで60年間にわたり、いわゆる固体電子工学の分野で研究、教育をして参りました。

    大学院では故柳井久義先生の研究室でゲルマニューム・バイポーラトランジスタの試作実験や解析的なモデリングの研究を行いました。東大奉職後スタンフォード大学の故John L. Moll教授により1年間スタンフォード大学で研究に従事する機会を与えて戴き、金属薄膜中にフェルミエネルギーよりも1eV程高いエネルギーを有する電子を注入した時のエネルギー損失に関する研究プロジェクトに参加しましたが、この経験は帰国後の私の電子輸送現象や物質の電子的特性の研究の大きな礎となりました。

    その後は現在に至るまで主としてシリコンMOS電界効果トランジスタに関する研究、教育を行なっておりますが、時期的には東大紛争が激しかった頃「シリコン酸化膜研究会」と称する私的な研究会のお世話をし、当時シリコンMOS電界効果トランジスタは実用にならないのではないかと悲観的な見方の原因になったゲート絶縁膜の関与した特性不安定要因の探求、排除の研究に産学協同で取り組み、それが解決後はシリコンMOS電界効果トランジスタの動作速度の向上を目指し、チャネル中での電子の量子状態、輸送現象の研究行ないました。

    この過程で後者の研究に際しては東大理学部物理学科の故植村泰忠先生のグループの方々との協同研究が大変有意義でありました。更に半導体と絶縁物の界面で半導体の禁制帯のエネルギー付近でよく見られるU字型のエネルギー状態密度分布持つ電子や正孔の捕獲中心に対する一般的なモデルの提唱やシリコン酸化膜中での電子や正孔の捕獲中心のモデルの研究、最近ではUltra Thin Bodyトランジスタといわれている構造の重要性をいち早く指摘し、実証研究を進めておりますが、これ等の研究がシリコンMOS電界効果トランジスタの科学と技術を確立し、産業界での技術開発のお役に立ったとすれば望外の幸せであります。

    高速度デジタルデバイスとしてⅢⅤ化合物半導体絶縁ゲート型電界効果トランジスタやジョセフソン素子の研究も主としてシリコンMOS電界効果トランジスタとの比較、評価の観点から行いましたが、ⅢⅤ化合物半導体絶縁ゲート型電界効果トランジスタについては実用化を目指す研究・開発が最近国内外の大学や産業界で開始されていることは喜ばしいことであります。

    また東大停年直前から通算15年に亘り理化学研究所の国際フロンティア研究プロジェクトのフロンティア・マテリアルグループのディレクタ、更に引き続いて現科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の「電子・光子の機能制御」の研究総括を務めナノエレレクトロニクスの研究のお世話をすることができたのは幸いでありました。

    これ等の研究、活動は勿論私一人で行えたものではなく、多くの方々のご指導、ご支援があって初めて実現したものであります。特に研究活動に関しては長年に亘り私を研究、教育面で助けてくださった同僚、助手、職員、優秀な多くの大学院学生、産業界からの研究生や協同研究を通じてご援助戴いた産業界の皆様のご協力、ご支援の成果であります。これ等すべての方々に改めて深甚なる感謝の意を表しますと共に、今回の私の文化功労者顕彰はこれ等の方々への栄誉でもあり、喜びを分かちたいと存じます。

    これまでに御指導、御援助いただいた方は極めて多く、此処にお名前を列挙することは出来ませんが、あらためて深甚なる感謝の意を表し今後も引き続きご厚誼をお願いする次第であります。

    (東京大学名誉教授 昭和29年電気工学科卒)

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